共同プロジェクトの意義

国立大学法人一橋大学
学長 山内 進
(2014年7月10日当時)

日本経済に関するより正確な理解を可能にする
流通・消費・経済指標開発プロジェクト

この共同プロジェクトは、世界にも類のない、大規模なものでありまして、我が国における社会科学研究を著しく進化させるだけでなく、世界の社会科学研究全体への大きな貢献となるもの、ひいては、より良き社会実現のための礎となるものであります。

IT化が進んだ現在の経済では、小さな小売店でも、販売・仕入管理にコンピューターが使われております。この業務用データに、多くの貴重な情報が含まれていることは、昨今の、いわゆる「ビッグデータ」ブームからも、皆さんはご存知かと思います。今回の共同プロジェクトは、そうした昨今のブームとは一線を画すものであります。

今回は、小売店、調査会社、そして学術機関が密接に協力し、日本国各地で活動している、多くの小売店の業務データを収集し、広く、学術研究に資するものであります。これまでも、業務用ビッグデータの学術利用は多々ありましたが、今回のプロジェクトは、業界団体の協力を得て、日本全体で数千店舗もの、様々な業務形態の店舗データを統合するものであり、規模の点で、世界的にも稀な大規模のものとなっております。
業界団体と調査機関および学術機関が協力することで、従来では困難であった、新たな、しかし重要な統計が続々と発表されることと期待しております。

特に強調しておきたい点が三つございます。
第一は、これは、学術目的、および社会貢献のため、三者が無償で行うものであるということです。より正確な日本経済の把握のため、そしてフロンティア開拓のため、多大な努力が払われているということをまず指摘させてください。

第二の点は、その規模とスピード、であります。今回のプロジェクトではスーパーマーケットに加え、コンビニエンスストアやドラッグストア、大型小売店もカバーしており、地方・郊外も含め、日本全体で数千もの店舗の情報が含まれております。毎週毎週、巨大な情報が日本全国の様々な店舗から集まってまいります。この、包括的で、かつ高頻度なデータベースにより、従来では不可能であった、多様で、高精度かつ、迅速な分析が可能となります。

最後に強調しておきたい点は、将来の可能性です。現在、小売店のレジのデータで最大の難関は、生鮮食料品データの加工です。大根一つとっても、産地によって、種類によって、大きさによって、売り方によって、実に多様な大根があります。今後、新日本スーパーマーケット協会とインテージ社と共同して知恵を絞り、学術研究の使用に足る精度で、かつ大規模な生鮮食料品のデータ収集を開始する予定です。

では、このプロジェクトで、世の中にどんなインパクトがあるのか、皆さんにとってどのような意味があるのか、ご説明いたします。

この三者の共同で、おそらく世界で初めて作成される、重要な指標がございます。それは、新商品の登場が、どれだけ経済に重要であるかの指標です。
伝統的な経済理論では、需要と供給が一致するところで市場は均衡することになっておりますが、現在の市場経済では、人気のない商品は価格が下がるというよりは、市場から急速に撤退し、新しい商品に切り替わっていきます。
新商品の開発にはメーカーのイノベーションが必要となります。新商品の登場が活発な社会は、より生産活動の活発な社会と言えるでしょう。
しかしながら、このような指標は今まで存在しませんでした。この指標を作成するには、まさに膨大なデータが必要となるためです。新商品の登場の経済社会へのインパクトを測る包括的な指標がはたしてどのようなものか、特に先日の消費税改訂前後にこの指標がどのような動きをしていたかは「新しい経済指標の開発」ページでご説明いたします。

第二に、私たちは、これらの指標を誰でも自由に見ることができるよう、定期的に、なるべく迅速に社会に公表していきます。新消費登場以外にも興味深い指標を作成中であります。九月をめどに、おそらく毎週、数週間程度の遅れで皆さんに様々な指標をお届けできると思います。

他にも、この大規模かつ貴重なデータを駆使し、本学が誇る研究者が様々な研究を推進中、および計画中です。また、このデータ活用は本学に限定せず、データサーバーの余力次第ではありますが、内外の多くの研究者に公開していく予定であります。

一橋大学は明治8年に銀座で設立された商法講習所をその起源としています。それから高等商業高校、東京商科大学と名前は色々変わってきましたが、その理念は不変であります。それは、実学重視、産業・商業の発展に寄与することであります。今日、皆さんにご報告するこのプロジェクトは、小売店、調査会社、学術機関が連携して一つの目的のため、よりよき社会の実現のために、もてる力を振り絞るものでして、まさに、建学以来、一橋大学が追求してきたミッションを体現するものであります。

今回のプロジェクトを担当しますのはこの春に文部科学省の概算要求で本学の経済研究所に設置が認められた新組織、経済社会リスク研究機構であります。まだ始まったばかりの本プロジェクトではありますが、その可能性は非常に大きく、また確実に成果が上がるものと確信しております。みなさんの温かいご支援をいただければと存じます。